第6日目:マカオ


■買いだし

 もはや我が家の台所状態の「富城」で朝食の麺類をテイクアウト。テイクアウトだからと労麺という汁の無い麺にしたのに、別にスープも付いてきた(^^;)。これを持ってマカオ行きのターボジェットに乗り込み、一路マカオに向かうのであった。

■ターボジェットの旅

 恥ずかしいテイクアウトを持って、上環駅まで地下鉄に乗りマカオファリーターミナルに到着。ここのところけちけちとリーズナブルな「2ドルでできるトラムの小さな旅」を楽しんでいたが、今日乗るターボジェットは大奮発して最上級の「スーパーシート」をゲット(貧乏旅行なのか豪勢旅行なのかよくわからないお金の使い方??)。でも、このスーパーシートは食事付きなんだよね。チケットを買うと5分後にでる船に乗るようにいわれ、バタバタ走りながら、ものすごい早さで出国手続きをし、船に駆け込んだ。
 席に着くと直ぐに出帆。さすがにスーパーシートはお高い席だけにがらがらでとっても静か。そして、直ぐに朝食が運ばれてきた。ツナサンドのベーグルとキウイの乗った卵タルトにゴマプリン。オレンジジュースもついていて、たかだか1時間で着いちゃうような船の中で出てくる食事にしては、とっても美味しかった。でも、これじゃすでに拡張してしまったおなかには物足りない。そこで、けさのテイクアウトを豪快に広げぱくつくのであった。う〜ん、満足。薄曇りだったせいもあり、食ってばかりいて周りの景色は殆ど覚えてない・・・(^^;)。朝ご飯を平らげ、おなかをさすっているうちにターボジェットはマカオに到着した。スーパーシートだから降りるのも一番先。入国審査でもあまり並ばずに済んだ。
 マカオも以前来たときはまだポルトガル領であったが1999年に中国に返還されている。でも、出入国が要るんだよなー。なんで?

朝ご飯 フェリーターミナル

■バスで孫文記念館へ

 さて、マカオには鉄道がない。となるとタクシーかバスを乗り継いで目的地に行かねばならない。何処に行っても、バスは土地勘がないと乗りこなすのは難しい乗り物である。(私は都バスの路線すら数えるほどしか乗れない。)スーパーシートを奮発したくせに、日本よりずっと安いタクシーにはのらず、更に安いバスでまわることにし、バスターミナルでルートと発着を確認する。が、某歩き方ガイドブックに案内してあった路線は何度探しても見つからなかった。ガイドの嘘つき・・・(j_j)。仕方がないのでそこらへんにいた職員らしきおっちゃんに聞いて言われたバスに乗ってみる。まぁ、バスの一区間なんて大した距離じゃないので乗り越したら次で降りて戻りゃいいくらいのアバウトさ(いつものことか・・・)。
 教えられた系統のバスにのってしばらくぼんやり揺られていると、なんと、終点まで来てしまった。とりあえず降りる。降りたバス停にもなん系統かの路線が走っているようで、再び目的地を回るバスはないかと案内板を探す。と、なんと、ここから目的地の孫文記念館を通るバスが出ているではないか。やったー!これで目的地に行ける〜〜〜!!と気を取り直し、バスを乗り換える。ニャンコ先生の記憶を総動員してここぞ!と言う辺りで「降車」のブザーを押すと、ナイスタイミングで目的地の直ぐそばに留まってくれた。
 バスの中から見ていて解ったが、マカオは車の数よりも原チャリの数の方が圧倒的に多いのではないかと思われる。

バスターミナル 原チャリ

■孫文記念館

 私の記憶も少しずつ戻りかけてきて、以前ツアーバスの窓からこの建物を見たのを思い出してきた。前は説明されて横を素通りだったけど、今日は記念館の中に入れる〜(^o^)。
 遠慮がちに門をくぐり、まずは孫ちゃん(孫文)の銅像が建っている庭の方へ行ってみる。「あ〜、孫ちゃんだー!!」とばかりに銅像の前で記念撮影にいそしむ我々であった。ニャンコ先生御機嫌。
 ひとしきり気の済んだところで今度は館内に入ってみる。記念館といっても、以前孫文が住んでいた家がそのまま記念館になっているだけなので、仰々しいものではない。入場も無料。風格を感じさせるしゃれた洋館で、手入れが行き届いているので住もうと思えば今でも充分住める感じである。家具などもそのまま残っていた。壁に掛けてあった孫ちゃんの写真(アップ)を見つけたニャンコ先生は、すかさず「一緒にとって!」と孫ちゃんの写真ににじり寄る。ファインダーを覗くと、いつもはクールなニャンコ先生の、すげー嬉しそうな顔があった。
 ガイドさんはいなくとも「孫ちゃんフリーク」のニャンコ先生の説明が聞けたので、大変お勉強になりました。何となく孫ちゃんにも興味が湧いてきて、港のヨーコも「本読んでみようかなー」などと、すっかり感化されている様子。かくいう私も、次に行く台北では是非「孫文史跡記念館」にも行ってみよう等と考えている辺り、すっかり感化されたと言えよう。まぁ、何事も知識を広めるのは良いことである。( ̄ー ̄ )
 ちょっといつになく高尚な観光なんがしちゃった気分で、孫文記念館を後にする。

孫文記念館

■孫文記念公園

 さて、再度バスに乗り込み、今度は中国本土との国境(?)Barrier Gateに隣接する孫文記念公園へ。といっても何か特別見学するわけでもなく、公園のベンチに腰掛けなごむ。中国庭園がきれいでとても気持ちいい。池には蓮の花が咲いていた。ここにも孫ちゃんの像があったので一緒に撮っとく。4〜5年前のガイドブックの地図には載っていない所を見るとここは新しく出来たところのようだ。

孫文記念公園

■セナド広場と牛乳プリン

 またバスに乗り、今度はセナド広場を目指す。この界隈が一番にぎわっているところだ。交通量も比較的多い。セナド広場入口向かって左側のピンクの建物の1階に牛乳プリンで有名な「義順牛奴公司」がある。香港にも同じ店があるが、マカオ本店の方が味が濃いので今回はマカオで食べることにしていた。すかさず店に滑り込むと店内は大盛況。かろうじてテーブルを確保し牛乳プリンと飲み物を頼む。店内は程よい冷房が効いていて、しばし一休み。運ばれてきた牛乳プリンをチュルチュルと口の中に流し込み、飲み物で水分補給。今日は天気も良く気温も30度を越すそうだ。

義順牛奴公司

■大砲台とセントポール大聖堂

 店を出るとセナド広場を抜けて高台へと上ってゆく。人がごったがえしていて日曜日の竹下通りを彷彿させる盛況ぶりである。近道をしようと記憶だけを頼りに路地に入ったが方向がわからなくなって結局地図を開く。とりあえずこっちだろうという方向に進路を変え、細い坂をずんずん上っていくと小学校に突き当たってしまった。行き止まりか?と思ったが脇の方に獣道のような急な坂が続いていた。方向は合っているからと強引に進む。小学校からは子供たちの騒がしい声が聞こえていた。やがて坂道は急な石段にかわり、我々も息も絶え絶え汗だくになりながら歩く。香港ほど湿度は高くないが、やはり暑い・・・。少し上ると広い場所に出た。大砲台だった。マカオの町が見渡せる。ちょっと強い風も汗をかいた後には気持ちがいい。大砲台の横を回り込むとやっとセントポール大聖堂が見えてきた。
 軟弱者の我々は、ちょっと涼しい風に当たろうと、トイレ休憩の後マカオ博物館に入って涼む。ふらりと覗いたグッズ売り場で着せ替え人形をもじった民族衣装の小さな冊子を見つけてついつい買ってしまったり、露天商の声につられて豆乳を買ってしまったりする。こちらの豆乳はホントに豆腐を飲んでいるような味がする。もっと正確にいえば油揚げの内側の白いところ味だ。初めは予想と違う味に引いてしまうが、飲み付けるとこれが結構美味しく感じるようになるから不思議。同じものでもかなり味が違う。(市販されているオイスターソスも同じメーカーのものなのに日本で売られているのとはかなり味が違っていた。)
 一息ついたところでセントポール大聖堂を見学。・・・とはいったものの、建物は火災で無くなってしまっていて、ぺらっと一枚カキワリのような壁が残っているだけなので、それを眺めるのみ(爆)。それでも哀愁漂う素敵な建造物である。完成当初「東洋一美しい教会」といわれたのもうなずける。石段を上がった丘の上に建っているというのもヨイ。マカオで一番メジャーな観光地だけあって、観光客多し。ひとしきり撮影大会をして、またセナド広場に、今度はメインストリートを緩やかに下ることにする。置物や食器等を売る骨董品屋、中国のガッチリとした伝統家具などを売る店が軒を連ねる。広場に近づくに連れ若者が増え、道沿いの店もカジュアルなブティックへと変わってゆく。路地には庶民的な露店も出ていたりして、変貌を遂げている最中という雰囲気だ。
 再び路地に入ると目の前には「サファリ」というレストランが建っていた。

大砲台 大聖堂

■謎の残るオクトパスライス

 目指す店に到着である。ターゲットはオクトパスライスなる代物。おそらくポルトガル料理だと思われるが詳細は謎である。銀銀に冷房が効いた店内に入り席に着くと早速メニューの中にその名前を探したが、「オクトパスライス」と言う名称の料理は見つからなかった。とりあえず庶民のポルトガル料理を代表するイワシの炭火焼きを頼む。あとはドリアのようなごはんモノを2つ頼み、ひとつは“ポルトガル風”にしてみる。これは当たり!でとっても美味しかったです。謎のオクトパスライスについて語りながら食いました。しかし、べつにその“ポルトガル風”にタコが入っていたわけではない。結局「オクトパスライス」の謎は解けぬまま、腹いっぱいになって腰を落ち着けてしまい、話題は別のことへ。ゆっくり飲み物を飲みながら話し込んでいると、ついついいつもの「某ロイホでだべリング」のノリになってしまう。(いつまででも居座る・・・)いくら何でも「コーヒーのお替り自由」があるわけではないので、切りのいいところで重くなった腰を(カラダ全部ではないかというウワサも・・・)ヨッコラショと上げるのであった。未だ行くところは残ってるのだ。

オクトパスライス

■リスボアでカジノ(タイパ島へ行く)

 さぁ、いよいよマカオのラストを飾るカジノへ突撃!!である。静かなやる気(?)を奮い立たせ「いざ行かん!!」と堅実にまたバスに乗るのであった。夕方とあってバスも混雑してきた。道路には日中よりも原チャリが倍増していた。ほんの少し渋滞もあった。ぼーっと外を眺めているとカジノ「リスボア」のイルミネーションが見えてきた。見えるところに降りるんだから、もう乗り過ごすことはなかろう・・・などと安心しきっていたら、こんなところでやってしまいました、乗り越し。リスボアの少し手前のバス停で留まって少しまとまった数の人々が下車。しかし、リスボアは気持ち先前方にある。かなり微妙な距離といえば距離である。私は他の2人と離れて座っていたが、「ここか?いや、もう一つぐらい先じゃないかな?」と迷いながらもニャンコ先生と港のヨーコが席を立つのかどうか様子をうかがっていた。どうやら2人は、微妙だからもう一駅行ってみようと言う結論に達したようで、そのまま座っていた。私も「そゆコトね」と理解し平然と座っていた。バスは発車しリスボア方面に進んでいる。「いいぞ〜!いいかんじ!」港のヨーコがすかさず降車用のベルを押した。バスはリスボア前のロータリーに滑り込んだ。「ばっちりじゃん!!私達ったらイイ感してるね〜(^o^)」さ、後は人をかき分け降りるだけ。
 しかし、バスは止まる様子が無い。「え?」と思っていると、リスボアの入り口が後ろに流れて行った当たりで留まった。「よし!」と思って前を見ると、停止信号であった。「なに?もしかして留まらないんだ。じゃ、一駅歩いてもどってくればいいさ。大した距離じゃないし、目的地はもう視界に入っているのから迷うこともない。」といつもの調子でのんびり構えていたのだが、次の瞬間その考えが甘かったことが明らかとなった。信号の先に広がってきたのはお隣の「タイパ島へ繋がるなが〜い橋「マカオ・タイパ・ブリッジ」であった。確かに行き先はタイパ島になっていた。だから中国と地つながりになっている、半島内だけを走るパスよりも、離島のタイパ島(マカオ国際空港はここにあります)やその更に先にあるコロネア島(澄んだ海のリゾート地がある)まで行くバスの方が料金が少しだけ高いのである。料金前払いだもの終点がどの辺りかはもちろん解って乗りました。でも、でも、リスボアの前を通過すロータリーが大陸の際だったとは・・・がくーん。間にお客さんが沢山立っているんでニャンコ先生と港のヨーコの顔は見えない。足も度を見ているかぎりでは、どうやらこのまま座っていようというようだ。トラムの小さな旅のマカオ版が「パスでタイパ島まで」になったと思うことにした。1996年に来たとき、ペンニャ教会からこの橋とその先にある離島を見渡しながら、「あ〜、橋渡りたいなー」と呟いたのを私はしっかり覚えている。思わぬところで願いが成就したというわけだ。そう考えればラッキーなハプニングである。いきなり、ルンルンモードにシフト。ながーいながーい橋だから、向こう側に着くのはしばらく先だろう。橋の途中に停留所なんてあるわけないので、渡りきるまでは、のんびりと景色でもみながらドライブを楽しむことにした。リスボアの灯も橋から見ると奇麗だね〜。橋の終りが近づいたところで「今度こそ!」と港のヨーコが力強く降車ベルを押し、目出度く私達はバスから吐き出された。ニャンコ先生は時間のロスだ〜と嘆いていたが、私は内心ホクホク。だって、戻るなら、もう一回橋渡れるもんねー(^o^)。
 とりあえず反対車線バス停にダッシュ!次に来たバスに乗り、目出度く2回目のながーいながーい橋からの景色を楽しみながら目的地に着いた。さっき降りるかどうかをあまりの微妙さに迷った停留所であった。今回ばかりは橋が終わるころ、自信をもって降車ベルを押す港のヨーコであった。
 やっとこさっとこリスボアの前に立ったときには、すっかり夕方も終わりかけていた。
 気を取り直してカジノに侵入。カメラは鞄にしまって「カメラ駄目シール」を鞄に張られる。館内撮影禁止ね。当たり前だけど。入店後とりあえずまた一端ばらける。もう私がやることは決まっているので100ドルを2ドル硬貨に替えてもらい、2ドルで出来るスロットをさがす。少しやっているとクセが掴めてきたので、入っているときにはすこし大目にベットしてはまりの時間はタダ回すだけを繰り返していたら集合時間が近づいてきたので最後の入っている山場が終わったかなと思われるところで潔くやめて、両替をしに行った。100ドルが144ドルになって戻ってきた。44ドルのプラス。1時間もいなくってこれならまずまずますでしょう。儲けるってよりはゲーセン感覚で来たんだし。(ゲーセンは使うだけだもんね)44ドルって言っても700円ちょっとだし、程よく遊べたかという感じである。

リスボア

■マカオよさいなら

 カジノを出ると町はすっかり夜になってしまっていた。とゆーことは、帰りは更にお高い夜便で帰ることになる。バスに乗って港に戻り、またしても慌ただしく出国手続きをしてターボジェットに乗り込んだ。帰りは2階がスーパーシート。向かい合わせの4人掛けのゆったりシートに広いテーブル。トイレにも入ってみたけどキンピカで豪華でディスコのトイレみたいだった。食事はハムとかパテとか軽めのものが出た。偉そうにコーヒーなんかも頼んで持ってきてもらった。(タダさ)。2階は外が良く見えるけど、もう真っ暗でマカオを離れたらな〜んにも見えなかった。20:30の便に乗り、香港に着いたのは21:30。ジャスト1時間。一番最初に降りて入国手続きを済ませ、香港に戻ってきた。
 ニャンコ先生が頼まれ物を未だ買えてなかったので、Causawya Bayまで繰り出すことにして、一端ホテルに戻るべく地下鉄に乗り込んだ。

■リーガーデンズ

 ホテルにて一休みした後、HMVの入っているリーガーデンに向かって出発。到着と同時にまたばらける。HMVも少し覗いてみたが、DVDなんかは3分の1ぐらいの値段だし、CDも平気で値下げしたりしてる。(印税の計算とかどうしてるんだろー??)例によって特に買い物の予定の無い私は地下の食料品売り場を彷徨う。雑誌の置いてあるコーナーで香港のインテリア雑誌等を片っ端から立ち読み。海の見えるマンションの広告を見てタメイキ・・・。間取りなんかも日本とは全然違っている。高層マンションが隣接しているからか、効率良く光を取り入れられるように設計されている感じであった。

■小さな旅その2(東方面)

 お買い物タイムも終了したが、たいしておなかも空いていないので、夕食はおいといてトラムの旅第二弾で昨日とは反対方向の終点まで行ってみることにする。半分ほど行くとだいぶ町明かりも落ち着いてきて、郊外の住宅地区という雰囲気になってくる。人もまばらになってきたのでまたしても2階後部シートを占領して、写真を撮ったりしてみる。往復4ドルのトラムの旅は病みつきになりそうだ。

■肩透かし

 さて、だいぶ夜も更けてきたので香港最後の夜のディナーを豪勢に!と初日に行く予定にしていた「フィッシャーマーンズ・ワーフ」に行くことにして、Causawya Bayまで戻りトラムを降りる。この店、実はジャッキー・チェンの店だったりする。比較的新しい店らしくニャンコ先生も行ったことが無いので、地図を見ながら探し歩く。地図とは微妙にずれた位置にあったが、なんとか発見する。だがしかし!営業時間のはずなのに何故か準備中・・・というか閉まっている。定休日も無いはずなんだけど・・・。いやはや、海外情報ガイドブックってのはあてにならないものである。文句を言ってもやってないものはどうしようもない。腹ぺこではなかったのが唯一の救いであった。腹が空いていないなら無理に食うことはないという当たり前のことを本日は実行し、おとなしくホテルに戻る我々なのであった。

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